友中資料室
初期の校舎配置
友部中の最初の9年間は宍戸中学校の校舎を使用しました
開校時の校舎配置を見てみましょう
1971(昭和46)年 統合1年目の「宍戸教場」の校舎配置図 まだ3階建ての鉄筋コンクリート造校舎がなく、宍戸教場、大原教場、北川根教場に分かれて授業を行っていた。鋭角的に連結された校舎を、曲線を描くガラス張りの玄関ホールがつないでいた、斬新かつスタイリッシュな校舎。下がその写真。内側のグランド側に斜めに付け足された職員室等の管理棟も非常に特徴的。古今東西、学校以外も含めて、このようなレイアウトの公共施設は珍しかったのではないか。このプランを提案した設計者の感性、採用した教育委員会の勇断には目を見張るものがある。 |
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1972(昭和47)年の校舎配置図 上部に記載されている3階建ての校舎は、実際には1の8、2の8の西側に配置されている。ピカピカの鉄筋コンクリートの新校舎は、3年生だけが入れる校舎であった。この新校舎の竣工を待って、旧大原中、旧北川根中の生徒も全員、旧宍戸中の場所で授業を受ける実質統合がなった。 |
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